京都大学21世紀COEプログラム 活地球圏の変動解明 アジア・オセアニアから世界への発信

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フィールド実習報告「大分県稲積鍾乳洞」

研究協力者 大沢信二,COE研究員 渡邊裕美子

多目的観測サイト:地球熱学研究施設・別府
活地球圏科学実習(結合系)+気象学総合演習(地球化学的観測法入門)

近年,鍾乳石を用いた古気候変動解明の研究が盛んに進められている.鍾乳石の縞や同位体組成・化学成分比に記録されている過去の気候情報を正しく読み取るためには,鍾乳石の成長機構はもとより,形成に至るまでの水の移動や水‐岩石相互作用,さらには洞内の地勢,洞内気象(風向,CO2濃度など)のことを理解していることが重要である.本実習は,地下に浸透した降水が石灰岩を溶かし,その水が鍾乳洞の天井に流出して鍾乳石(つらら石や石筍)を析出させる現象の背後にある基本プロセスを,鍾乳洞での気象観測・水文調査・地形地質観察および実験室内での試料分析を通して理解することを目標に,平成18年11月25日〜27日の3日間,地球熱学研究施設(別府)を基点にして大分県南部にある稲積鍾乳洞で行われた(写真1).受講学生は,地質鉱物学教室の院生8名,地球物理学教室の学部学生5名の計13名であり,教職員は,地球熱学研究施設(別府)から3名,地球物理学教室から2名,地質鉱物学教室から3名,岡山理科大学からの1名の他,バンドン工科大学から1名,雲南大学から1名の参加があった.
実習初日11月25日は午前9時にバスと観測機材搬送車に分乗して研究施設を出発,現地到着までの車中で分野横断的な本実習立案のいきさつや実習全般のスケジュールの説明,稲積鍾乳洞の地質学的背景の解説があった.また,道中で稲積鍾乳洞が一時水没する原因となった阿蘇4火砕流の露頭で溶結凝灰岩の柱状節理や岩石流動の跡などを観察した.昼食後,鍾乳洞周辺の地形・地質や鍾乳洞の成り立ちの解説,現地観測の手順説明を受け,予行演習をかねて洞外の気温,湿度,CO2濃度を計測した後,全員で入洞した(写真2).洞内の気温,湿度,CO2濃度,風向・風速をいろいろな地点で計測し,いくつかの地点で現在鍾乳石を生成させているDrip waterの水温,電気伝導度,pH,滴下速度を測定し,水質分析用の試料を採取した.洞内へ向けて吹く風が存在し,それによって冷たい外気(気温13℃)が洞内へ持ち込まれて洞内気温は次第に低下し,洞奥部では16〜18℃になっていることや,暖かい洞内空気が洞天井をはって洞入り口へ向けて流れていることを線香の煙を使った簡単な観測から知ることができた.CO2濃度の分布にも同様な傾向があり(洞入り口付近で500ppm程度,最奥部で1200ppm程度),洞内へ向けて流入する外気が高い洞内CO2分圧を下げていることを実感することができた.また,洞内観測の後,洞外植生地の土壌層内のCO2濃度測定を行った.その結果はおよそ2000ppmと洞内のCO2濃度よりも高く,土壌層は地球環境におけるCO2ソースの1つであることを体感できた.
実習2日目の11月26日は午前中にオゾンホールや鍾乳石を用いた古気候変動解明の研究最前線に関するレクチャーが行われた.続いて,前日に歩測で作成された洞内の詳細地図が紹介され,現地における地質調査から集水域や洞窟の形成過程の情報が得られることなどが講述された.また,教職員による前日の調査を題材にした議論が行われ,学生達も興味深く話しを聞いていた.午後には前日採取してきたDrip waterの水質分析実習を行った.測定が完全自動化された分析装置(イオンクロマトグラフ)による分析や昔ながらの中和滴定による分析で,主要溶存化学成分の全分析を行った(写真3).参加学生のほとんどが初めての体験であり,分析作業開始直後は受身の姿勢であった学生たちも,作業中盤には皆で(楽しげに?)話し合いをしながら分析に取り組むようになり,分析中に指導員から語られる化学分析における心構えやコツなどにも聞き入っていた.
実習最終日11月27日は,前日に自らが出したDrip waterの水質データの解析を行い,実習初日に鍾乳洞で得た観測データと比較することによって鍾乳石の成長機構や形成に至るまでの水の移動,水-岩石反応について考察を加えた(写真4).Drip waterのCO2平衡分圧が洞内CO2濃度より高く,Drip waterは鍾乳石(カルサイト)に対して過飽和であることから,Drip waterの脱CO2ガスにより鍾乳石が生成することを自らの観測と分析から学び取った.また,Drip waterのCai2+とHCO3-の比率から,地下に浸透した雨水に土壌層からCO2が付加されて炭酸水が生成し,それが石灰岩を溶かしてCa2+とHCO3-に富む水となり,洞天井からDrip waterとして流出しているということも読み取ることができた.さらに,洞内へ向けて流入する外気が高い洞内CO2分圧を下げているという実習初日の観測結果と照らし合わせることによって,Drip waterから生成する鍾乳石の成長に洞内の気象学が深く関わっていることを感じ取ることができた.
今回の実習は,その内容が気象・気候学,水文・水地球化学,地質・鉱物学にまたがる分野横断的なものというだけでなく,参加学生と教職員の所属も多分野にわたり,さらにアジア諸国の研究者の参加もあり,まさに活地球圏科学結合系実習と呼ぶに値する実習であったと思う.最後に,本実習に協力され,実習を成功に導いた技術職員と教員各位に感謝します.

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写真1:実習テキストブックの表紙

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写真2:鍾乳洞へ入洞して気象・水文観測を行う一行

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写真3:実習初日に自ら採取してきた試料水を分析する学生たち(地球熱学研究施設・別府の中央化学分析室)

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写真4:データ解析作業風景(地球熱学研究施設・別府,セミナー室)

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