京都大学21世紀COEプログラム 活地球圏の変動解明 アジア・オセアニアから世界への発信

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フィールド実習報告「大分県稲積鍾乳洞(第2回)」

大沢信二(研究協力者)

多目的観測サイト:地球熱学研究施設・別府
活地球圏科学実習(結合系)+気象学総合演習(地球化学的観測法入門)

 近年,鍾乳石を用いた古気候変動解明の研究が盛んに進められている.KAGI21においても平成17年末よりインドネシアの鍾乳石を用いた赤道域の古気候研究が始まり,着々と成果を収めつつある.鍾乳石の縞や同位体組成・化学成分比に記録されている過去の気候情報を正しく読み取るためには,鍾乳石の成長機構はもとより,形成に至るまでの水の移動や水‐岩石相互作用,さらには洞内の地勢,洞内気象(風向,CO2濃度など)のことを理解していることが重要である.
 本実習では(写真1に実習テキスト表紙を示す),鍾乳石を析出させる現象の背後にある要素の内,特に洞内気象に焦点をあて,実際の鍾乳洞での気象観測の体験を通して鍾乳石形成に関わる洞内気象の重要性を理解することを目標に,地球熱学研究施設(別府)を基点にして大分県南部にある稲積鍾乳洞で野外実習を行った.平成19年11月22日〜24日の3日間にわたって行われた実習には,地質鉱物学教室の学生5名(院生3名,学部生2名),地球物理学教室の学部学生4名の計9名の受講生と,12名の教職員(地球熱学研究施設・別府から3名,地球物理学教室から2名,地質鉱物学教室から3名,防災研究所から2名,岡山理科大学から2名)の参加があった.

【実習初日(11月22日)】 
 実習は,研究施設のセミナー室で,午前9時から始まった.生活ガイダンスに引き続き,実習のイントロダクションが行われ,洞内気象観測を実施する意義が鍾乳石の生成機構や形成に至るまでの水の移動などをもとに解説された.実習中に行われる洞内気象観測では,昨年から地球熱学研究施設で行われている簡易計測に加えて,防災研究所の3次元超音波風速温度計と赤外線湿度CO2変動計によるサンプリング周波数10Hzの精密計測を行うことにした.このため,イントロに引き続き,それらの計測機器の原理や測定方法の説明が行われた(写真2).昼食に入る前に,研究施設の玄関前で3次元超音波風速温度計と赤外線湿度CO2変動計のセッティングの予行演習が行われた.その作業には気象系受講生のみならず,地質鉱物学教室の学生も積極的に参加しているのが印象的であった(写真3).
 実習初日の午後には,KAGI21で取り組まれているインドネシアの鍾乳石を用いた古気候変動解明の研究最前線の紹介と地球温暖化に関するレクチャーが行われ,受講生は熱心に聞き入っていた.
 初日夕刻からは,研究施設内で歓迎会が開かれた.受講生と教職員は同じテーブルに着き,ホットプレートで焼きあがる大分県産の肉に舌鼓をうっていた.

【実習2日目(11月23日)】 
 稲積鍾乳洞へ向け,午前9時に公用車2台とレンタカー2台に分乗して研究施設を出発した.車中では稲積鍾乳洞の地質学的背景の解説があり,鍾乳洞到着直前には,稲積鍾乳洞が一時水没する原因となった阿蘇4火砕流の露頭で溶結凝灰岩の柱状節理や岩石流動の跡などを観察した(写真4).
 早めの昼食を取った後,受講生は3班に別れて鍾乳洞に入り,デジタル温度計,線香(の煙),ガス検知管を使って,洞内の多くの地点で気温,風向,CO2濃度の計測を行った.線香の煙は洞内へ向けて吹く風の存在を示し,洞外の冷気(気温12℃)が年間を通じてほぼ一定の温度に保たれている洞内(平均16℃)へ持ち込まれることが風の原因であることを,その場で実感することができた.また,地球熱学研究施設で行われている滴下水の定期観測現場や現在成長中の鍾乳石の見学を行った.
今回の実習の目玉は,何と言っても3次元超音波風速温度計と赤外線湿度CO2変動計を鍾乳洞内に持ち込んでの,精密気象観測である.防災研究所の教員の指導の下に,受講生は測器をセットアップし,これまで行われたことのない世界で初めて(?)の洞内気象観測に臨んだ(写真5と写真6).
 精密気象観測では,一部の計測機器の信号ケーブルにトラブルが発生したものの,データの取得ができ,午後5時半頃には終了した.日も暮始め,気温が下がる中,鍾乳洞内への外気の流入がこれから強くなるのだろうと思いをはせながら,器材撤収をして稲積鍾乳洞を後にした.午後7時頃に研究施設に無事帰りついた受講生は,研究施設内の源泉かけ流しの温泉につかり,別府で行われる実習の利点の一面を実感したことであろう.

【実習最終日(11月24日)】 
 最終日も午前9時から開始され,昨日の現地実習で受講生自らが取得したデータの整理を行い,簡単な考察を加えた.簡易気象観測で得られた洞内CO2濃度の分布には,予想通り,洞奥部にかけて高くなる傾向が現れており(水中洞奥部で外気の4〜5倍になる),CO2濃度の低い外気(検知管では400ppmくらいを示した)が洞内へ持ち込まれていることが原因であり,昨日洞内で“見た”風は低いCO2濃度の空気の流れであることを知った.また,これまでの定期観測データと比較し,洞内のCO2濃度分布と風向には季節変化があり,CO2濃度の変化に左右される鍾乳石の成長には,年々変動のみならず季節変動もあってよいことを学んだ.
 精密気象観測の内,3次元超音波風速温度計による風向・風速データは,鍾乳洞内は気象学的にもけっして静穏な世界でなく,平均的に秒速20cmほどの水平風が吹いている.しかしながら,洞外の通常の大気に比べると,その変動がはるかに小さいことがわかった.CO2濃度と湿度のデータには,観測者の呼吸の影響が現れており,鍾乳洞内でのCO2濃度や湿度の精密測定には配慮が必要であることが判った.将来の観測に向けて,測器の可搬性,電源供給など今後の改善すべき課題も多かったが,今回初めて試みられた精密気象測器による洞内気象観測は早速成果をあげ,受講生たちは強い関心を寄せていた.
 午前11時頃には実習の総括を行い,3日間にわたる実習を終了した.今回の実習は,前年度と異なり,実習内容を洞内気象に特化させたものであったが,古気候変動解明を目的とした鍾乳石・鍾乳洞の研究には気象・気候学,水文・水地球化学,地質・鉱物学にまたがる分野横断的なアプローチが必要であるということが伝わりにくかったということにはならなかったようである.むしろ,本実習は,地球惑星科学の結合系実習として定着する道を着実に歩み始めたように感じられた.
 最後に,本実習に協力され,実習を成功に導いた技術職員,非常勤研究員,TAに感謝するとともに,実習に快く応じて下さった稲積水中鍾乳洞のオーナー,支配人に深謝いたします.

○教職員参加者氏名(あいうえお順)
石岡圭一,石川裕彦,大沢信二,田上高広,竹村恵二,林泰一,松岡廣繁,馬渡秀夫,三島壮智(TA),山田誠,余田成男,渡辺裕美子

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写真1 実習テキストブック(63p.)の表紙(右は昨年度の第1回分)

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写真2 精密気象観測用測器の説明に聞き入る受講生

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写真3 精密気象観測用測器のセッティングの予行演習

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写真4 阿蘇4火砕流でできた溶結凝灰岩の露頭の見学

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写真5 洞内精密気象観測開始の記念すべき瞬間(11月23日午後2時頃)

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写真6 精密気象観測を行う受講生

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