京都大学 大学院 理学研究科 地球惑星科学専攻、理学部 地球惑星科学系

MENUMENU

津波が引き起こす深海の流れ

成瀬 元(地質学鉱物学教室・准教授)

はじめに

2011年3月11日,東北地方を中心とする日本列島の東岸が巨大な津波に襲われたことは記憶に新しい.陸上に遡上した津波は甚大な被害をもたらし,死者・行方不明者合わせて1万8千人を超える大災害となった.一方,陸上だけではなく,津波は深海底にも大きなイベントを引き起こしていた.様々な証拠から,津波が海底に混濁流(turbidity current)と呼ばれる大規模な流れを引き起こしていたことが明らかになったのである(1)

混濁流とは,水中に浮遊した土砂によって駆動される密度流の一種である.混濁流によって運ばれた土砂で形成された層(タービダイト)は,世界のいたるところで観察することができる.しかし,地質学者にとって極めてよく知られた現象であるにも関わらず(2),混濁流の発生原因は謎に包まれていた.今回の発見は,混濁流の発生メカニズムの解明に向けた重要な一歩である.もし,巨大津波が混濁流の主要な発生要因であるとすると,タービダイトは巨大津波の発生頻度を推定するうえで重要な証拠となるかもしれない.

ここでは,津波起源混濁流が発見された経緯を紹介し,その地球科学的な意義について述べる.

2011年津波直後の海底圧力計の移動

2011年3月11日午後2時46分の東北地方太平洋沖地震発生の約3時間後,仙台沖に設置されていた海底圧力計が沖合へ向かって移動した(1)(図1).この移動と同時に,海底の水温が(わずか0.19℃ではあるが)上昇したことが,海底圧力計に付属していた温度計に記録されている(図2).また,圧力計の付近に設置されていた海底地震計には,地震動とは異なる異常な振動が記録されていた(図2).これらの海底地震計・圧力計は,地震前に東北大学の研究グループによって宮城県沖に設置されていたものである (3)(4)

海底圧力計が移動したタイミングは,機器に記録されていた水圧変動記録から明らかになった(図2).回収された海底圧力計の記録により,3月11日午後17時57分に水圧が急上昇し始めたことが分かったのである.最終的に,約50分かけて水圧は1500 Paほど上昇した.これは,水深にしておおよそ14 mの増加に相当し,水平距離に直すと1 kmの移動を意味する.すなわち,海底圧力計は地震発生から約3時間後から50分間にわたって移動したことになる.


図1.津波起源混濁流の証拠が発見された海域の地図.海底圧力計の移動,海底圧力計および地震計への土砂の流入,そして海底コア試料の最上部に分布していた未固結堆積層の存在から,混濁流の発生が示唆された.

図2.移動した海底圧力計に記録された水圧(赤線)・水温(青線)の記録.Araiほかの論文より引用(1).地震発生から約3時間後に異常な変動がみられることが分かる.

それでは,いったいどのような作用が海底圧力計を移動させたのだろうか.いくつかの計算の結果から,海底圧力計を移動させるには少なくとも2.4-7.1 m/s程度の流速の流れが必要なことが明らかになっている.このような流速は,深海底で時折発生しているような底層流では考えられない.移動が発生した時刻には大きな余震もなく,地震動そのものが海底圧力計の移動を引き起こしたのではないことは明らかである.海底地形を探査した結果,この地域で海底地すべりが発生していなかったことも確認されている.また,津波の通過時刻も圧力計移動の2時間ほど前のことであり,津波の引き波が直接働いて圧力計を移動させたわけではない.残る可能性は,津波によって引き起こされた混濁流である.津波が浅海域で大量の堆積物を侵食し,海中に浮遊させたことは目撃証言や観測記録から明らかになっている.この時に浮遊した堆積物が周囲に比べて密度の高い濁り水を生じさせ,それが海底斜面に沿って流れ下ったとすると,大規模な混濁流を発生させるかもしれない.もしこの仮説が正しいとすると,海底地震計や圧力計の周囲,そしてさらに沖合の海域には,混濁流によって運ばれた砂や泥からなる堆積物,すなわちタービダイトが堆積しているはずである.我々は,この津波起源タービダイトを発見するため,海底堆積物のボーリング調査を行った.

津波起源タービダイトの発見

津波発生から約1年後,2012年5月に調査船「淡青丸」によって東北沖のボーリング調査を行ったところ,東北沖の広い範囲にわたって海底の表層に新たに堆積した「タービダイト」が発見された(図3).タービダイトは厚さが3.5-9.5 cmで,砂からシルトによってできており,層の上ほど細かい粒子で構成されている.このような上方向に粒子が細かくなる特徴を級化構造と呼び,タービダイトに典型的にみられる構造として知られている.層の下面には侵食の痕跡も見られた.これは,混濁流が海底面を侵食した跡だろう.無人潜水艇(ROV)による調査でも,東北沖の海底に堆積物の層が広く分布していることが確認されている(1).これらに加えて,東北沖に設置されていたすべての海底地震計・圧力計の内部にも土砂が侵入していることが確認された(図1).調査の結果,新たに堆積したと思われる層の分布の範囲は,少なくとも東西200 km,南北100 km以上に及んでいることが分かった.どうやら,広範囲に流れが発生し,土砂を運搬したことは間違いないようである.


図3.東北沖で2012年に採取されたコア.表層に未固結の堆積層がみられる.赤い矢印は埋没したクモヒトデを示している.

新たに発見された未固結の堆積層は,どのようなタイミングでたまったものなのだろうか.層の下位にある堆積物には生物が巣穴をほってかき乱した痕跡が多くみられるのに対し,発見された層はあまり乱されていなかった.また,堆積層の最下部にはそれほど腐敗していないクモヒトデの遺骸が多数みられた.これらのことは,堆積層がかなり最近に形成されたものであることを示している.一方,Ikeharaらは(5),原発事故で放出された放射性セシウムが堆積層の最上部のみに含まれていることを明らかにした.ということは,堆積層の主要な部分は事故以前の堆積物ということになる.このことは,3月11日に起こった流れが堆積層を形成したという考えと整合的である.

津波が混濁流を起こす?

しかし,果たして本当に津波が混濁流をひき起こすことができるのだろうか.従来,混濁流は主に海底地すべりや洪水などが引き起こすものと考えられてきた.実際,1929年にカナダのニューファウンドランド島の沖合で発生した混濁流は,海底地すべりに伴うものであったことが知られている(6).また,少なくとも湖沼やダムでは,洪水時に大量に懸濁物を含んだ河川流が流れ込むことで混濁流が発生するということが分かっている (7).海中でも,同じように洪水が混濁流を発生させるという可能性は指摘されている(8).これら従来から知られていた発生プロセスに対して,津波が混濁流を発生させるという考えは,地質学の常識に反したものであった.

しかし,我々が数値モデルにより実験を行ったところ,津波による海底侵食作用は十分に混濁流を起こしうることが明らかになった(図4).数値モデルによる計算結果から,東北沖の陸棚がわずか1.4-4.0 cm程度侵食されただけでも,混濁流を引き起こすには十分な浮遊堆積物の流れが生じることが分かったのである.同じように数値シミュレーションの結果から,この程度の侵食は2011年東北沖津波であれば起こりうることが分かっている(9)


図4.数値計算による津波起源混濁流の再現.東北地方沖の水深450 mまでの海域に濃度0.1%の堆積物が浮遊した場合,混濁流が底面を侵食しながら発達し,海底圧力計の設置位置へ約3時間後に到達する.

ほんのわずかな量の浮遊堆積物から大規模な流れが深海底で発生するのは,混濁流の自己加速というメカニズムのためである.小規模でも流れが発生して海底を侵食すると,巻き上げられた堆積物は流れに取り込まれ,そのことによって混濁流の密度は増加する.より高密度になった流れは加速し,さらに堆積物を巻き上げて,巨大化してくことになる.このような混濁流の自己加速メカニズムは1980年代に提唱され(10),2000年代になって実験的にも証明された(11), (12).わずかな量でも,津波のような広範囲に影響を及ぼすプロセスであれば,十分に混濁流を引き起こすことは可能である.いったん流れ始めた混濁流は,海溝に到達するまで停止することはないだろう.実際,日本海溝では,海底斜面よりも分厚いタービダイトが堆積していることがボーリング調査により明らかになっている(13)

津波起源混濁流の発見の意義と課題

津波によって混濁流が発生し,それによってタービダイトが形成されるならば,巨大津波の発生頻度が海底の堆積物から求められるかもしれない.これまで,津波の襲来頻度は文献記録や陸上の津波堆積物から推定されてきた.文献記録の調査は日本のような古くより歴史記録のある地域では重要だが,それでも遡ることができるのはせいぜい千数百年にすぎない.一方,陸上に遡上した津波が残す堆積物は有史以前の津波の来襲履歴を知るうえで重要である.しかし,陸上の地層は頻繁に侵食され,海水準の変動にも影響されるため,完新世(1万年前)より前の記録を得ることは難しい.1000年程度の再来周期をもつ現象を解析するためには,1万年以下の長さの記録はとても十分とは言えないだろう.これに対して,深海底の堆積物は数十万年~数百万年以上にわたって連続的に堆積する.そのため,その中に挟まれる津波起源タービダイトの形成頻度を調べれば,統計的に有意な津波再来周期の解析が可能になるかもしれない.実際,Ikeharaらは,869年貞観津波によって引き起こされた可能性のある津波起源タービダイトを日本海溝のボーリングコアから発見している(13).今後,より深部の堆積物を含むボーリングコアを取得できれば,世界各地の地震発生帯における巨大地震発生間隔が求められるようになる可能性がある.

ただし,津波起源タービダイトから津波の発生頻度を求めるには,まだ課題も大きい.まず,津波起源タービダイトを他の要因で発生したタービダイトから識別する基準が確立されていない.今後,この問題を解決するには,特に2011年津波に伴うタービダイトの調査から,津波起源タービダイトを識別する「指紋」を見つけることが重要だろう.津波起源混濁流は,他の成因の混濁流に比べて圧倒的に広い範囲で発生し,長い距離を流れ下ることが想定される.したがって,タービダイトの空間分布の特徴は,その起源を考えるうえで大きなカギになるだろう.また,タービダイトの中に含まれる粒子の組成や底生有孔虫遺骸の群集の特徴は,混濁流が通過してきた領域を推定する手掛かりとなる(14).浅海から深海にいたるまで広い範囲の堆積物を集めているのであれば,津波を起源とする混濁流で会った可能性は高まるだろう.

津波起源混濁流の発生条件を定量的に求めることも大きな課題である.すべての津波が混濁流を起こすのであれば,東北地方のような活動的縁辺域では30年に一回程度はタービダイトがたまっているはずである.ところが,実際には,タービダイトは東北沖でも数百年に一度程度の頻度でしか堆積していない.すなわち,ただ津波が発生すれば混濁流が自動的に発生するわけではなく,何らかの閾値を超えた規模の「巨大」津波だけが混濁流を引き起こすということが想定される.タービダイトが「巨大」津波でしか形成されないのだとして,「巨大」とは一体どの程度の規模を指すのだろうか.この疑問に定量的に答えなければ,津波起源タービダイトを防災の面で役立てることは難しい.しかしながら,現在のところ,発生する津波の規模をタービダイトの特徴から復元する逆解析手法は全く確立されていない.今後は,実験や数値シミュレーションを通じて,堆積物から混濁流を逆解析する手法を確立することがこの分野の中心的な課題となっていくだろう.

上記のように,課題は多くあるものの,津波起源タービダイトは大きな意義をもつ研究対象である.今後,研究が進めば,タービダイトは地質学のみならず地震学・防災学という観点からも重要な情報源になっていくかもしれない.

参考文献

(1) Arai, K., Naruse, H., Miura, R., Kawamura, K., Hino, R., Ito, Y., Inazu, D., Yokokawa, M., Izumi, N., Murayama, M. and Kasaya, T., (2013). Tsunami-generated turbidity current of the 2011 Tohoku-Oki earthquake. Geology, 41, 1195-1198.

(2) TALLING, Peter J., et al. (2015). Key future directions for research on turbidity currents and their deposits. Journal of Sedimentary Research, 85, 153-169.

(3) Hino, R., Ii, S., Iinuma, T., and Fujimoto, H., (2009). Continuous long-term seafloor pressure observation for detecting slow-slip interplate events in Miyagi-Oki on the landward Japan Trench slope: Journal of Disaster Research, 4, 72–82.

(4) Suzuki, K., Hino, R., Ito, Y., Yamamoto, Y., Suzuki, S., Fujimoto, H., Shinohara, M., Abe, M., Kawaharada, Y., Hasegawa, Y., and Kaneda, Y., (2012). Seismicity near the hypocenter of the 2011 off the Pacific coast of Tohoku earthquake deduced by using ocean bottom seismographic data: Earth, Planets, and Space, 64, 1125–1135.

(5) Ikehara, K., Irino, T., Usami, K., Jenkins, R., Omura, A., & Ashi, J. (2014). Possible submarine tsunami deposits on the outer shelf of Sendai Bay, Japan resulting from the 2011 earthquake and tsunami off the Pacific coast of Tohoku. Marine Geology, 358, 120-127.

(6) Heezen, B.C., and Ewing, M. (1952) Turbidity currents and submarine slumps, and the 1929 Grand Banks earthquake: American Journal of Science, 250, 849–873.

(7) Alavian, V., Jirka, G. H., Denton, R. A., Johnson, M. C., & Stefan, H. G. (1992). Density currents entering lakes and reservoirs. Journal of Hydraulic Engineering, 118, 1464-1489.

(8) Mulder, T., Syvitski, J. P., Migeon, S., Faugères, J. C., & Savoye, B. (2003). Marine hyperpycnal flows: initiation, behavior and related deposits. A review. Marine and Petroleum Geology, 20, 861-882.

(9) 新井 和乃, (2015). Possibility for the occurrence of tsunami-generated turbidity currents:Insights from the 2011 Tohoku-Oki Earthquake, 千葉大学 博士論文.

(10) Parker, G., Fukushima, Y., & Pantin, H. M. (1986). Self-accelerating turbidity currents. Journal of Fluid Mechanics, 171, 145-181.

(11) Naruse, H., Sequeiros, O., Garcia, M.H., Parker, G., Endo, N., Kataoka, K. S., Yokokawa, M. and Muto, T., (2007). Self-accelerating turbidity currents at laboratory scale, In Dohmen-Janssen & Hulscher (eds.) River, Coastal and Estuarine Morphodynamics: RCEM 2007, 1, 473-476.

(12) Sequeiros, O. E., Naruse, H., Endo, N., Garcia, M. H., & Parker, G. (2009). Experimental study on self‐accelerating turbidity currents. Journal of Geophysical Research: Oceans, 114(C5).

(13) Ikehara, K., Kanamatsu, T., Nagahashi, Y., Strasser, M., Fink, H., Usami, K., Irino, T., and Wefer, G. (2016). Documenting large earthquakes similar to the 2011 Tohoku-oki earthquake from sediments deposited in the Japan Trench over the past 1500 years. Earth and Planetary Science Letters, 445, 48-56.

(14) Usami, K., Ikehara, K., Jenkins, R. G., & Ashi, J. (2017). Benthic foraminiferal evidence of deep-sea sediment transport by the 2011 Tohoku-oki earthquake and tsunami. Marine Geology, 384, 214-224.

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