京都大学 大学院 理学研究科 地球惑星科学専攻、理学部 地球惑星科学系

MENUMENU

本州の最南端で地球を測る

吉田 聡(防災研究所 流域災害研究センター 白浜海象観測所/潮岬風力実験所・准教授)

和歌山県東牟婁郡串本町。紀伊半島の先っぽ、本州最南端の潮岬がある町だ。潮岬は紀伊半島の先に飛び出た陸繋島で、日本三大トンボロの一つにも挙げられている。この半島の南西、海抜50mほどの段丘上に私が施設長を務める 「潮岬風力実験所」(図1)がある。観測所ではなく「実験所」という名を冠するのは、海に突き出た高台で台風の襲来も多いため、強風吹きすさぶ潮岬で、自然の強風が建物や構造物に及ぼす影響を実験するのが目的で設置されたからだ。かつては、3棟のプレハブ家屋が立ち並び、様々な耐風試験が行われ、高さ23mの測風塔で風の高さ分布も計測されていた。現在は鉄筋4階建ての研究棟が立ち、その屋上で様々な気象観測を行っている。今回は、最近、潮岬風力実験所で取り組んでいる観測研究について紹介しよう。


図1.防災研究所潮岬風力実験所の外観

「ちきゅう」・DONET・新青丸・勢水丸・潮岬海陸同時観測

潮岬の沖には世界最大級の暖流「黒潮」が流れている。その熱は紀伊半島南部の沿岸にサンゴが群生するほどの温暖な気候を生み出している(潮岬には「黒潮前」というバス停まである)。最近、この黒潮から大気に供給される熱と水蒸気が日本付近で急激に発達する低気圧、いわゆる「爆弾低気圧」を生み出すエネルギー源になっていることがわかってきた(図2、参考文献1)。さらに、この爆弾低気圧の発達を通して、ジェット気流を蛇行させ、ハワイに雨をもたらすのだ。熱帯で太陽から得た熱エネルギーを黒潮が中緯度に運び、遠くハワイの気候を変動させる。なんとも不思議な話だ。このメカニズムは海洋研究開発機構(JAMSTEC)のスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を使った気候モデルによるシミュレーション研究で分かったことだが、現実の世界で爆弾低気圧が黒潮の上を通ったときに大気と海洋の間で何が起こっているのか観測した事例はほとんどない。何故なら普通の船舶は爆弾低気圧が来るとわかったら避難するし、海底から延びるケーブルに係留されたブイも黒潮の強い流れの前ではあっさりと流されてしまうからだ。


図2.黒潮が爆弾低気圧、上層のジェット気流、東太平洋の降水にもたらす影響を表した模式図

一方、地震学の分野では、「ゆっくり滑り」と呼ばれる地殻変動と地震発生メカニズムの関係が注目されている。潮岬の沖合には地震・津波観測監視システム「DONET」という地震計・圧力計を海底ケーブルでつないだ観測網が展開され、海底で「ゆっくり滑り」をリアルタイムに捉えようとしている。しかし、海底圧力計は海底の動きだけでなく、その上に乗っかっている海洋や大気の変動も観測している。これは地震学にとってはノイズであるが、気象学・海洋学にとっては貴重なデータである。爆弾低気圧通過時にも何かシグナルが残っているかもしれない。そこで、気象学、海洋学、地震学研究者が合同で熊野灘を観測する計画が立案された(図3)。この計画の中心は2018年10月から2019年3月までの半年間海底掘削をする地球深部探査船「ちきゅう」である。「ちきゅう」が持つ海面からの高さ120mの櫓上の3高度に気象センサー、掘削作業に運用する無人潜水艇ROVに水温水圧計などを設置し、外洋での長期定点観測を実現した。さらに、JAMSTEC/東京大学大気海洋研究所の「新青丸」、三重大学の「勢水丸」、潮岬風力実験所での海陸同時大気海洋観測も実施した。この観測結果をDONETの観測データと比較することで、DONETのデータを気象、海洋、地殻変動の要素に分離、活用する研究を現在進めている。


図3.「ちきゅう」・潮岬・「新青丸」・「勢水丸」・DONET大気海洋海底貫通観測概念図

バイオロギング

爆弾低気圧下の状況を観測する手法として、もう一つ取り組んでいるのが「バイオロギング」である。元々は生態学の分野で、センサー、ロガー、通信機等を動物に装着して、動物の行動や経験する環境を調べる手法である。技術の進歩により、今では多彩なセンサーを様々な動物に装着することができる。さらにGNSS等の人工衛星による位置情報の取得が可能になり、動物の生態を調べるだけでなく、気象海洋を観測する手段の一つとして活用する動きが始まっている(参考文献2、3)。図4は東京大学大気海洋研究所の佐藤克文教授のグループが取得したオオミズナギドリとウミガメの移動経路だ。オオミズナギドリは岩手県の無人島で繁殖している個体、ウミガメは定置網で混獲されて保護された個体にセンサーが取り付けられた。どちらも日本沿岸から北太平洋を広くカバーしており、爆弾低気圧の観測にはうってつけだ。 現在、バイオロギングでは、GNSSで計測した海鳥の移動データから推定される数分毎の海上風(参考文献4、5)と海洋表層流(参考文献6)、ウミガメに取り付けた水温圧力センサーから1日毎の海水温の鉛直分布が得られる(参考文献7)。現在稼働中の人工衛星による海上風観測が1日数回、自動昇降フロート「アルゴフフロート」での海洋鉛直観測が10日に1回であるから、バイオロギングは画期的な高頻度観測を実現している。また、動物は自律的に行動するため、観測機器を移動させるための機構や燃料が不要である。もちろん、移動先は動物任せでコントロールできないが、動物の回遊性の知見から、おおよその観測範囲は推定できる。また、以前は動物に装着したデータロガーを人が回収しないとデータが得られなかったが、現在、ウミガメに取り付けたセンサーからは衛星通信によるリアルタイムなデータ取得が可能であり、海鳥のものも帰巣時にデータを自動で取得する技術が開発中であるため、従来の気象海洋観測システムと引けを取らない観測になりつつある。これらの観測データを「データ同化」という数理的手法を用いて、気象・海洋の数値予測システムの初期値に取り込んだ実験では、風や海流構造をより精度よく再現することが報告されている(参考文献8、9、10)。


図4. 2013年と2014年の8~9月に取得されたオオミズナギドリ33羽の移動経路(左上)と2010年から2014年に取得されたアカウミガメ15頭の移動経路(下).写真はロガーを装着したオオミズナギドリ(撮影:後藤佑介)とアカウミガメ(撮影:木下千尋).

2019年3月の爆弾低気圧

2019年3月10日に潮岬沖を通過した爆弾低気圧は、潮岬風力実験所と「ちきゅう」とウミガメが同時観測できた事例である(図5)。「ちきゅう」では980hPaの気圧と30m/s以上の風速を記録した。「ちきゅう」から100km程度しか離れていない潮岬では、最低気圧985hPa、最大風速15m/sであり、爆弾低気圧の強風域が非常に狭い範囲に集中していたことがわかる。また、低気圧の南を泳いでいたウミガメが観測した水温鉛直分布の時間変化を前後2日間の平均からの偏差で見てみると、低気圧の通過後の急激な水温上昇を捉えている。1日で急激に発達、移動する爆弾低気圧下の海洋変化を捉えた貴重な観測である。


図5.2019年3月10日に発達した爆弾低気圧の観測例. (左上)潮岬風力実験所での気圧(黒,hPa)と風速(赤,m/s)時系列. (右上)「ちきゅう」での気圧,風速時系列. (中)2019年3月10日1600UTCの気象庁メソモデルの海面気圧(実線,hPa)と2019年3月10日のJAMSTEC海洋同化システムJCOPE2Mの海面水温(陰影,℃)と潮岬,ちきゅう,ウミガメの位置. (下)ウミガメの水温鉛直分布時系列(2日間平均からの偏差,℃,縦軸は海面からの深さ,m)

今後の展望

現在、地震・津波監視のための海底ケーブル網は日本の太平洋側に展開中であり、台風や爆弾低気圧は頻繁にその上を通過する。バイオロギングによる大気海洋観測も日本が世界に先駆けて研究を進めている。このような他分野のシステムや技術の活用によって、台風や爆弾低気圧といった海上で発達する気象擾乱の下で一体何が起こっているのかを明らかにすることで、気象海洋の理解を深め、予測技術の向上につなげたい。

参考文献

1 Kuwano-Yoshida, A., and S. Minobe, 2017: Storm-Track Response to SST Fronts in the Northwestern Pacific Region in an AGCM. J. Clim., 30, 1081–1102, doi:10.1175/JCLI-D-16-0331.1.

2 Domingues, R., and Coauthors, 2019: Ocean Observations in Support of Studies and Forecasts of Tropical and Extratropical Cyclones. Front. Mar. Sci., 6, 1–23, doi:10.3389/fmars.2019.00446.

3 Harcourt, R., and Coauthors, 2019: Animal-Borne Telemetry: An Integral Component of the Ocean Observing Toolkit. Front. Mar. Sci., 6, doi:10.3389/fmars.2019.00326.

4 Yonehara, Y., Y. Goto, K. Yoda, Y. Watanuki, L. C. Young, H. Weimerskirch, C.-A. Bost, and K. Sato, 2016: Flight paths of seabirds soaring over the ocean surface enable measurement of fine-scale wind speed and direction. Proc. Natl. Acad. Sci., 113, 9039–9044, doi:10.1073/pnas.1523853113.

5 Goto, Y., K. Yoda, and K. Sato, 2017: Asymmetry hidden in birds’ tracks reveals wind, heading, and orientation ability over the ocean. Sci. Adv., 3, e1700097, doi:10.1126/sciadv.1700097.

6 Yoda, K., K. Shiomi, and K. Sato, 2014: Foraging spots of streaked shearwaters in relation to ocean surface currents as identified using their drift movements. Prog. Oceanogr., 122, 54–64, doi:10.1016/j.pocean.2013.12.002.

7 Narazaki, T., K. Sato, and N. Miyazaki, 2015: Summer migration to temperate foraging habitats and active winter diving of juvenile loggerhead turtles Caretta caretta in the western North Pacific. Mar. Biol., 162, 1251–1263, doi:10.1007/s00227-015-2666-0.

8 Wada, A., M. Kunii, Y. Yonehara, and K. Sato, 2017: Impacts on local heavy rainfalls of surface winds measurement by seabirds. CAS/JSC WGNE Res. Act. Atm. Ocean. Model., 47, 25.

9 Miyazawa, Y., X. Guo, S. M. Varlamov, T. Miyama, K. Yoda, K. Sato, T. Kano, and K. Sato, 2015: Assimilation of the seabird and ship drift data in the north-eastern sea of Japan into an operational ocean nowcast/forecast system. Sci. Rep., 5, 17672, doi:10.1038/srep17672.

10 Miyazawa, Y., A. Kuwano-Yoshida, T. Doi, H. Nishikawa, T. Narazaki, T. Fukuoka, and K. Sato, 2019: Temperature profiling measurements by sea turtles improve ocean state estimation in the Kuroshio-Oyashio Confluence region. Ocean Dyn., 69, 267–282, doi:10.1007/s10236-018-1238-5.

PAGE TOP