京都大学 大学院 理学研究科 地球惑星科学専攻、理学部 地球惑星科学系

MENUMENU

地表に露出した地殻深部断面とその構成岩石を用いた部分融解過程・流体活動の研究

河上 哲生(地球物質科学講座・岩石学グループ・准教授)

地殻流体や部分融解メルトの生成と集積・移動は、地殻の進化プロセスに重要な役割を果たしており、地震や火山噴火などのエピソディックな地球科学現象の大きな支配要因のひとつである。従って、地殻の構成要素としての流体・メルトの実態解明を進め、地殻の進化過程に果たす役割を詳細に理解する必要がある。しかるに人類は、地殻深部(12.2 km以深)を掘削する技術を未だ手に入れておらず、地殻深部の状態を知るには、①地球物理学的な観測手法を用いて現在の地殻深部の状態を制約する、②高圧実験で地下環境の再現を試みる、③過去に地殻深部で形成され、長い年月を経て地表に露出するに至った岩石の観察・分析をする、などの方法が考えられる。私たちの研究グループ(地球物質科学講座岩石学グループ)では、これらのうち主に③の方法を用いて、地殻深部における流体やメルトの実態解明に取り組んでいる。  世界中の様々な地質体を見渡すと、かつて火山弧下に位置した上・中部地殻の断面(例えば、西南日本領家帯)や、大陸衝突帯の中・下部地殻(例えば、東南極セール・ロンダーネ山地やリュツォ・ホルム岩体)が地表に露出しているものと解釈できる地質体が存在する。これらの地質体を実際に訪れて地質調査することにより、あたかも地殻の中を探検するかのように、歩き回って観察することができる。これがフィールドワークの醍醐味の1つでもある。もちろん、現在の地殻の中にもぐりこんだのとは違う点もある。それは、地表に露出した過去の地殻断面からわかるのは、リアルタイムの地殻深部情報ではないということである。そこには、地殻の構成岩石が深部に存在したときから、地表に上がってくるまでの間に経験した様々な地質現象が、部分的に上書きされ、記録されている。ある特定の現象をその地殻断面から読み取りたい場合には、あとから書き加えられた地質情報を1つ1つ丁寧に読み取り、その影響を取り除いてやらねばならない。すべてが後の情報に書き換えられていてはどうしようもないから、まず研究ターゲットとなる現象ができるだけ良い状態で保存されている場所や岩石試料を、フィールドで選ばなければならない。フィールド調査のセンスが試される場面である。そのうえで、たとえば6億年前の下部地殻の様子を知りたい場合には、5億年前の岩体上昇時に、より浅所で貫入した花崗岩マグマやその熱的影響を考慮に入れたり、4億年前に大規模剪断帯が発達して地質体が分断された影響を考慮したり・・・という具合に、その地質体が経験した地質イベントを読み取り、その影響を見積もり、取り除く。このように、過去の地殻断面から、ある時代の地殻深部で起きていた物理化学現象を読み取るためには、研究対象地域の「テクトニクス」も詳しく理解する必要があるのである。地質イベントの履歴を漏らさず把握するには、南極のように植生のない、岩石が広く連続的に露出した状況が理想的であることは言を俟たない(図1)。研究対象の岩石が経験した様々な地質イベントが、異なる岩石種や変形構造の切った切られたの関係として、露頭で見えているからである。


図1.東南極セール・ロンダーネ山地の露頭の様子(撮影:JARE51河上哲生)。

実際の地殻深部で形成された部分融解メルトは、その母岩となった高度変成岩(グラニュライト)中に保存されていることがあり、近年「ナノ花崗岩包有物(nanogranite inclusions)」(Cesare et al., 2009)と呼ばれ、世界的に注目を浴びている。低変成度の変成岩中には含水鉱物が多く含まれるが、温度が上昇すると、 含水鉱物Aを含む鉱物の組合せ → (多くの場合無水の)別の鉱物B + メルト のような反応で、岩石は部分融解を始める。このとき、鉱物Bがメルトを取り込みながら成長することがあり、そのメルトが鉱物Bの中で固結し、鉱物集合体になったりガラスになったりする。これが、「ナノ花崗岩包有物」であり、いわば「メルトの化石」である(図2)。ナノ花崗岩包有物を用いた研究により、天然の岩石中で実際に生じたメルトの組成多様性が明らかになってきており、私たちのグループでも南極などの岩石を用いて、下部地殻における部分融解過程の実態解明に取り組んでいる(Kawakami and Motoyoshi, 2004; Kawakami and Hokada, 2010; Kawakami et al., 2013; Kawakami et al., 2016)。


図2.(a) 東南極リュツォ・ホルム岩体の珪線石-ザクロ石片麻岩中のザクロ石の偏光顕微鏡写真。赤四角がナノ花崗岩包有物の1つで、拡大した写真を(b)に示す。 (b)ザクロ石に包有されるナノ花崗岩包有物の偏光顕微鏡写真。 (c) (b)の反射電子線像。Chl: 緑泥石, Kfs: カリ長石, Pl: 斜長石, Qtz: 石英, Ms: 白雲母, Bt: 黒雲母。(d) (b)のX線元素マップ(Kawakami and Hokada, 2010)。

図3.石英中の流体包有物の偏光顕微鏡写真。丸い気泡は、顕微鏡下でブラウン運動する。チベット・カンマ―ドーム。

 一方、地殻内部に存在する流体は、流体包有物(図3)として保存されることがある。下部地殻の岩石からはこれまで、主としてCO2に富む流体包有物が多数報告されてきた。しかし近年、塩水流体が地殻内に一般的に存在する可能性が指摘されるようになり、注目を浴びている。CO2に富む流体と塩水流体は、組成によっては共存可能であるため、両者がともに存在してもおかしくはない。南極セール・ロンダーネ山地は、このような地殻内流体の挙動を明らかにするのに最適なフィールドの1つであり(図4)、私たちの研究グループでは日本南極地域観測隊に参加して同山地の地質調査を行ってきた(土屋ほか, 2012; 河上ほか, 2020)。


図4.セール・ロンダーネ山地の簡略化した地質図と塩素に富む鉱物の分布(Higashino et al., 2019a)。

特に注目したのは、塩素に富む含水鉱物の偏在(図4)とその形成過程である(Higashino et al., 2013; 2015; 2019a; 2019b; Kawakami et al., 2017)。例えば、ザクロ石と角閃石や黒雲母が埋めるクラックは、中央部で角閃石や黒雲母の塩素濃度が高く、クラックから離れるにつれ、壁岩の角閃石・黒雲母中の塩素濃度は、拡散プロファイルを呈しながら下がる(図5)。このことはクラック中を塩素に富む流体が通過したこと、すなわち、このクラックが中~下部地殻深度における塩水の通り道だったことを示している。実際、塩水中に入って移動しやすいとされる元素が壁岩に付加されていることもこの考えを支持する(Higashino et al., 2019a)。


図5. (a) セール・ロンダーネ山地ブラットニーパネの露頭で観察された、片麻状構造を切るクラック(写真中央の暗色縦線)。右下に黒い手袋をした指が写っている。(b) (a)の大薄片写真。写真中央で、赤色のザクロ石と緑色の角閃石がクラックを埋めている。(c) (b)の赤四角部分のClによるX線元素マップ。赤~青に着色している粒子はClを含む黒雲母と角閃石。Cl濃度は高いものから低いものへ白>赤>橙>緑>青。クラックからの距離に従ってCl濃度が低下していることがわかる。(d) クラックからの距離に応じて変化する黒雲母・角閃石中のCl濃度の定量値。拡散プロファイルを示す (Higashino et al., 2015, 2019)。

この手法では、流体活動時に形成された鉱物の化学組成から流体活動の情報を読みとるため、流体活動が岩石中に保存されやすく見つけ出しやすい一方、流体の塩濃度まではわからない。直接的証拠としての塩水流体包有物の探索も進めているが、塩水流体は岩石から抜け出しやすい性質をもつとされ、岩石との反応性も高く、流体包有物としてなかなか保存されていない。とはいえ、ラッキーサンプルはどこかに存在するものである。それを見つけ出せるか否かの、自然との駆け引きを楽しみつつ、今後もこの問題に取り組んでいく。

参考文献

1 Cesare, B., Ferrero, S., Salvioli-Mariani, E., Pedron, D., & Cavallo, A. (2009). “Nanogranite” and glassy inclusions: The anatectic melt in migmatites and granulites. Geology, 37(7), 627–630. https://doi.org/10.1130/G25759A.1

2 Higashino, F., Kawakami, T., Satish-Kumar, M., Ishikawa, M., Maki, K., Tsuchiya, N., Grantham, G. H., & Hirata, T. (2013). Chlorine-rich fluid or melt activity during granulite facies metamorphism in the Late Proterozoic to Cambrian continental collision zone-An example from the Sør Rondane Mountains, East Antarctica. Precambrian Research, 234, 229–246. https://doi.org/10.1016/j.precamres.2012.10.006

3 Higashino, F., Kawakami, T., Tsuchiya, N., Satish-Kumar, M., Ishikawa, M., Grantham, G. H., Sakata, S., Hattori, K., & Hirata, T. (2015). Geochemical behavior of zirconium during Cl-rich fluid or melt infiltration under upper amphibolite facies metamorphism - A case study from Brattnipene, Sør Rondane Mountains, East Antarctica. Journal of Mineralogical and Petrological Sciences, 110(4). https://doi.org/10.2465/jmps.150220

4 Higashino, F., Kawakami, T., Tsuchiya, N., Satish-Kumar, M., Ishikawa, M., Grantham, G., Sakata, S., & Hirata, T. (2019a). Brine Infiltration in the Middle to Lower Crust in a Collision Zone: Mass Transfer and Microtexture Development Through Wet Grain-Boundary Diffusion. Journal of Petrology, 60(2), 329–358. https://doi.org/10.1093/petrology/egy116

5 Higashino, F., Rubatto, D., Kawakami, T., Bouvier, A.-S., & Baumgartner, L. P. (2019b). Oxygen isotope speedometry in granulite facies garnet recording fluid/melt–rock interaction (Sør Rondane Mountains, East Antarctica). Journal of Metamorphic Geology, 37(7). https://doi.org/10.1111/jmg.12490

6 河上哲生, 足立達朗, 宇野正起, 東野文子, 赤田幸久. 2020, 東ドロンイングモードランド,セール・ロンダーネ山地地学調査隊報告2019-2020(JARE-61). 南極資料, 64, 351-398. http://doi.org/10.15094/00016230

7 Kawakami, T., Higashino, F., Skrzypek, E., Satish-Kumar, M., Grantham, G., Tsuchiya, N., Ishikawa, M., Sakata, S., & Hirata, T. (2017). Prograde infiltration of Cl-rich fluid into the granulitic continental crust from a collision zone in East Antarctica (Perlebandet, Sør Rondane Mountains). Lithos, 274–275. https://doi.org/10.1016/j.lithos.2016.12.028

8 Kawakami, T., & Hokada, T. (2010). Linking P-T path with development of discontinuous phosphorus zoning in garnet during high-temperature metamorphism-an example from Lützow-Holm Complex, East Antarctica. Journal of Mineralogical and Petrological Sciences, 105(4). https://doi.org/10.2465/jmps.080501a

9 Kawakami, T., Hokada, T., Sakata, S., & Hirata, T. (2016). Possible polymetamorphism and brine infiltration recorded in the garnet-sillimanite gneiss, Skallevikshalsen, Lützow-Holm Complex, east Antarctica. Journal of Mineralogical and Petrological Sciences, 111(2), 129–143. https://doi.org/10.2465/jmps.150812

10 Kawakami, T., & Motoyoshi, Y. (2004). Timing of attainment of the spinel + quartz coexistence in garnet-sillimanite leucogneiss from Skallevikshalsen, Lützow-Holm Complex, East Antarctica. Journal of Mineralogical and Petrological Sciences, 99(5), 311–319. https://doi.org/10.2465/jmps.99.311

11 Kawakami, T., Yamaguchi, I., Miyake, A., Shibata, T., Maki, K., Yokoyama, T. D., & Hirata, T. (2013). Behavior of zircon in the upper-amphibolite to granulite facies schist/migmatite transition, Ryoke metamorphic belt, SW Japan: Constraints from the melt inclusions in zircon. Contributions to Mineralogy and Petrology, 165(3), 575–591. https://doi.org/10.1007/s00410-012-0824-7

12 土屋範芳, 石川正弘, Satish-Kumar, M., 河上哲生, 小島秀康, 海田博司, 三浦英樹, 菅沼悠介, 阿部幹雄, 佐々木大輔, 千葉政範, 岡田 豊. 2012, 東ドロンイングモードランド,セール・ロンダーネ山地地学調査隊報告 2009-2010 (JARE-51). 南極資料, 56, 295-379. http://doi.org/10.15094/00009664

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