京都大学 大学院 理学研究科 地球惑星科学専攻、理学部 地球惑星科学系

MENUMENU

はじめての古生物形態学

生形貴男 (地質学鉱物学教室・准教授)

はじめに

 この地球上では,さまざまな生物が永年にわたって進化の歴史を紡いできました.その歴史を化石からひも解くのが古生物学です. 化石は,地質時代の生物の姿かたちを現在に残す貴重な遺物であり(図1),それらの形態を比較することは古生物の進化史を探るための手掛かりとなります. 例えば,化石種同士の類縁関係を推定する場合には,種間のかたちの類似性に注目します. また,古生物の行動を復元するためには,その種のかたちを現生種と比べることが不可欠です. さらに,大量絶滅の研究では,絶滅した種と生き延びた種を比べて,何らかの形態的差異があるかどうかを検討することがあります. 生物のかたち同士の比べ方にはいくつかの流儀がありますが,形態の定量的な測定・比較方法の体系は形態測定学と呼ばれ,進化生物学,古生物学,医学,考古学などの分野で利用されています. ここでは,その方法の基礎と古生物学への適用について簡単に紹介したいと思います.


図1 さまざまな古生物の化石

なぜかたちを測るのか

 古生物の進化史を研究する上で,化石のかたちを定量化することにどのような利点があるのでしょうか. まず,それによって,二つの異なるかたち同士がどれだけ違うのか(あるいは逆に似ているのか)を定量的に評価できます. すると,化石記録に見られる形態進化速度の様式を詳しく分析することが可能になります. また,値のばらつきに注目して,どれだけ色々なかたちが見られるのかを定量化することもできます. その応用例として,さまざまなかたちを含むグループ同士を比べてグループ間で差異があるかどうかを検討する研究や,ある生物の形態的多様性の時代的変遷を調べて環境変動との関わりを考究する研究などが挙げられます. 一方,かたち同士の違いやばらつきの程度だけでなく,どこがどのように違うのかを分析したい場合も少なくありません. そうした場合,かたちの幾何学的性質をいくつかの変数に分解して,それぞれの変数の意味を視覚的な特徴と関連付けることができるので,分析結果を解釈することが容易になるのです.


図2 形状が同じでサイズと位置と向きが異なる二つの図形

図3 拡大/縮小,変位,回転による二枚貝の図形同士の重ね合わせ

かたちとは何か

 かたちが持つ幾何学的な性質を利用するためには,かたちとは何かを明確に定義しておく必要があります. 私たち人間は,目に映る像から対象物のかたちを直感的に認識しています. 実は,そうした像には形態学的には重要でない情報も含まれているのですが,比較解剖学者や分類学者などは,それらの中から本質的な情報だけを抽出して利用しているのです. それと同じように,幾何学的な情報を利用する形態測定学では,抽出すべき情報があらかじめ定められています. 研究試料の姿を映した像は,その試料がどの位置にどの向きで置かれているのか,またそれをどれくらいの倍率で観察しているかによって見え方が異なります. しかし,試料の位置や向きや観察倍率は,形態学的には本質的な情報ではありません(体サイズは生物学的には重要ですが). 形態測定学では,図2に示す赤と青の図形のように,変位,回転,拡大/縮小によって重なり合うもの同士を同じ「かたち」として扱うのが一般的です. そして,それらの操作によって変わることのない,つまり位置,向き,サイズによらない幾何学的性質を形状と呼び,これを分析対象とするのです. 具体的な形状の抽出方法についての詳細はここでは割愛しますが,例えば正三角形同士ならばそれらの操作によって完全に重なり合うので,あらゆる正三角形は同じ形状ということになります. 実際の試料の場合,互いに全く同じ形状ということはまずないので,図3のように位置と向きとサイズを揃えても完全には重なり合いません. このような操作で整列させた形状同士の差を定義して,かたちの違いやばらつきを定量的に評価するのです.


図4 二つの二枚貝の形状差を空間メッシュの歪みによって視覚化したもの

かたちの違いを評価する

 それでは,整列させた二つの形状を比べて,どこがどう違うのかをどうやって評価するのでしょうか. 形態測定学には,形状間の差異を物体の変形にたとえて記述する方法があります. この方法では,どちらかの形状を基準とした場合,空間全体が歪んだ結果,もう片方の形状に“変形”すると考えるのです. 図4のように,こうした空間の歪みは一般には一様ではなく不均質なので,こうした“変形”を実現するには局所的にはさまざまな空間の歪ませ方があり得ます. その中から最も滑らかな空間の歪みを探して,その不均質な空間歪みを複数の歪み成分に分解するのです. そして,各成分がどのような形態学的性質を表しているのか,またそれらがどのような割合でブレンドされて空間全体の歪みを構成しているのかを分析することで,二つの形状のどこがどう違うのかを定量的に表現することができるというわけです. この方法は,多数の形状同士の比較にも拡張できます. それらの平均的な形状を求めて,それぞれの形状を平均形状と比較すれば良いのです. その場合,各形状の歪み成分のブレンド比がその形状を特徴づける変数になります. 計測値からこれらの変数の値を求めて,各種統計解析のデータとして用いるのが常套手段です.


図5 さまざまな殻形状の貝類化石

図6 アンモナイト(左)と巻貝(右)の殻に見られる対数螺旋

かたちをモデルで表す

 生物のもつ形態や構造の中には,単純ないしは規則的な図形に近似できるものも少なくありません. 例えば,回転楕円体で近似できる場合,その楕円体の長軸と短軸の長さの比によって,そのかたちを表すことができます. このような軸長比は,変位,回転,拡大/縮小によって変化しないので,位置,向き,サイズの情報を含みません. ですから,モデル(この場合には回転楕円体)の形状を表す変数だと考えることができます. ところで,化石記録が最も豊富な動物である貝類(軟体動物)は,化石として保存される貝殻を備えており,その形態も実に多様です(図5). しかし,そうしたさまざまな貝殻形態にもある種の共通性・規則性が認められます. すなわち,貝殻が巻いているという性質です. 巻貝やアンモナイトでは誰が見ても明らかですが(図6),二枚貝や笠貝でも良く見ればほんの少しだけ貝殻が巻いているのが認められます. そして,そうした貝殻の巻き方には,対数螺旋という図形がモデルとして良くあてはまります. 対数螺旋とは,巻きが一周するたびに一定の倍率で螺旋の径と高さが増加する弦巻線です. 巻貝のように立体的に巻く貝殻がある一方で,アンモナイトのように平面内で巻くものも少なくありません(図6). 対数螺旋は,巻きの緩さと,巻き付く円錐の高さをそれぞれ表す変数によって,その形状を表すことができます. ただし,貝殻は,対数螺旋のような単なる曲線ではなく,螺旋の径に比例して太くなる管が巻いたような形状をしています. そこで,その管の太さに関係した変数を前述の二つの変数に加えると,図7に示すように,それら三つの変数によって様々な貝殻に似た形状の対数螺旋管を描けるので,それら変数の値で貝殻の形状をよく表現できるといえそうです. このように何らかの幾何学図形を近似モデルとして利用する方法は,生物形状の多様性やその進化学的意義を考究する研究に用いられています. 理論形態学と呼ばれるこうしたアプローチは,著名な古生物学者であるDavid M. Raupによって体系化され,さまざまな古生物の研究に適用されてきました.


図7 対数螺旋管モデルで近似的に描かれるさまざまな貝殻形状

おわりに

 形態学的情報への依存度が高い古生物学では,生物の形態を測定・比較する方法に古くから強い関心が払われてきました. そして,古生物の形態を解析するために,ここで紹介したもの以外にも実にさまざまな方法が取り入れられてきました. 形状自体の数値化だけでなく,特定の機能に対する形状毎の性能を定量化して,実際の進化史における各形状の出現頻度と比較することにより,その機能の進化的意義を考究する進化形態学的アプローチも可能となります. 近年では,世界中の化石種の産出記録などを集約したオンラインデータベースが構築・活用されていますが,化石試料の画像や計測値などの形態学的情報をそうしたデータベースに実装する試みが進行しています. 従来は分類群毎の産出記録に対象が限られていた情報集約型の古生物学は,今日では形態学的情報を射程に入れつつあるのです.太古の浪漫あふれる化石標本と対話するのは古生物学の醍醐味のひとつですが,そうしたウェットな化石試料をドライでデジタルな視線で見つめるのもまた古生物学の一側面です. ここでご紹介した古生物形態学に少しでも興味を持って頂ければ幸いです.

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