京都大学 大学院 理学研究科 地球惑星科学専攻、理学部 地球惑星科学系

MENUMENU

太陽系始原物質を3次元でみる ~はやぶさサンプル・宇宙塵~

𡈽山 明 (地質学鉱物学教室・教授)

サンプルリターン計画:はやぶさ

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)のはやぶさ探査機は2003年5月に打ち上げられました。2005年9月にS型小惑星イトカワに到着し、約2ヶ月間のリモートセンシングによりさまざまな観測をおこなうとともに、人類史上はじめて小惑星表面への着陸とサンプル採取をおこないました。サンプルは2010年6月に地球に帰還しましたが、サンプルカプセルを切り離した探査機が大気との摩擦で燃え尽きたことは、多くの皆さんの記憶に残っているかと思います。オーストラリアのウーメラ砂漠で回収されたサンプルカプセル(写真1)は、JAXAのキュレーション施設で開封されました。2000個以上の粒子(最大約300 µmで多くは10 µm以下)が見出され、JAXA のキュレーション施設において1粒子ずつピックアップされ保管・配分がおこなわれています。


図1 ウーメラ砂漠で回収されたサンプルカプセル(JAXAと書いた箱の中に入っている)を迎えにいったところ(右端が私)。

 このようなサンプルリターン計画で採取されたサンプル(リターンサンプル)は、どの天体のどの領域から採取されたかがわかっており、また地球の大気や有機物に汚染されていない、貴重かつ大変重要なものです。1969年から1976年にかけて、アメリカのアポロ計画や旧ソ連のルナ計画で採取された月のサンプルは今でも分析が続けられ、最新の分析手法により新たな成果が挙げられています。また、2006年にアメリカのスターダスト計画により地球に帰還したビルト2彗星の塵の分析により、太陽系形成時に大規模は物質循環があったことがわかりました。はやぶさ探査機が訪れた小惑星は彗星とともに太陽系形成時に惑星まで成長できなかった小天体であり、太陽系が形成された当時やその後の進化の情報をもっているはずです。

3次元でみる:放射光マイクロトモグラフィー

 人間だけでなくほとんどの動物は、主要な眼を一対ほぼ同一方向へ向けており、これにより立体視が可能になります。我々もこのようにして地球や惑星の試料(岩石や隕石)を観察しています。しかし、内部を容易には見ることができないので、通常は試料を切断して、その内部構造を光学顕微鏡・電子顕微鏡などにより観察しています。また、様々な手法で局所領域を分析するとともに、元素マッピングのようにその2次元空間分布を得ています。

 不規則な構造をもつ物質の3次元構造は2次元断面からでは決して理解できません。例えば、2次元断面で物体の中にある空隙が、その物体の外側までつながっているかどうかはわかりません。また、3次元情報は2次元情報に比べて多量の情報量をもっています。例えば、1辺1000画素の2次元画像の画素数は106ですが、3次元画像だと画素数は109となります。従って、微小なサンプルでも統計的な解析が可能となります。さらに、X線CTのように非破壊で得られた3次元構造からは、その後の分析に必要な部分を認識し、その部分を掘り出して詳細な分析を効率良くおこなうことができます。

 3次元構造をみるひとつの方法は、物体を透過する波を利用する方法です。例えば、X線の物体による吸収の情報をあらゆる角度で得たものを再構成することにより、物体の断層像(CT像)をX線吸収係数の2次元分布として得ることができます(X線吸収トモグラフィー)。さらに連続的なCT像を積み重ねることにより3次元構造が得られます。一方、X線の位相差の情報を用いると、物体のX線による屈折率(ほぼ密度に比例する)に関する3次元構造が得られます(X線位相トモグラフィー)。

 我々の研究グループは、大型放射光施設であるSPring-8を利用して、地球惑星物質の3次元構造の研究をしてきました。図2には様々な空間分解で3次元構造を得る手法が示されていますが、X線源としての放射光は輝度、単色性、発散角に優れ、投影トモグラフィーでは数 µmの空間分解能で、フレネルゾーンプレートを用いた結像トモグラフィーでは数100 nm程度の空間分解能でのCT撮影が可能です。これらの手法を用いて、スターダストサンプルやはやぶさサンプルの分析をおこなうことができました。また、はやぶさサンプル分析のためには、FeのK吸収端(7.11 keV)を挟む2つのエネルギー(7, 8 keV)でCT撮影することにより、それぞれのCT像の線吸収係数から鉱物を同定し、その3次元空間分布を求めるanalytical dual-energy tomography(ADET)という新たな手法を開発しました。図3には、1985年から2015年の間の「X線マイクロCT」で検索した論文数の推移を示しています。このような研究は過去5年で飛躍的に増加していますが、我々の研究が世界の最先端をリードしてきたことがわかると思います。


図2 微細サンプルのための3次元構造分析手法における試料サイズと空間分解能

図3 "X線マイクロCT"に関する論文数の推移

はやぶさサンプル分析によってわかったこと

 サンプルは小惑星から初めてサンプルリターンされたものであるだけでなく、月に次いで地球外天体から採取された2番目のレゴリス(惑星の表土:月や小惑星表面では小天体が衝突してできた細かい砂を一般に意味する)のサンプルでもあります。2011年に1年間かけて初期分析がおこなわれ、2012年6月からは国際公募による詳細分析が開始されました。私がリーダーとなった大学コンソーシアムチームの初期分析では、あらかじめ準備していたフローに従って、配分された約60粒子(30-180 µm)を1粒子ずつ分析しました。一部の粒子については、地球の大気(酸素・希ガス)や有機物の汚染を最小限とした分析(宇宙風化・希ガス・有機物)をおこないました。一方、多くの粒子についてはメインストリームと呼んだフローにおいて、非破壊分析であるX線トモグラフィーをフローの基本戦略として捉え、以降におこなわれた破壊分析のためにどのようにサンプルを埋めて切断するかというデータを提供し、微細な粒子から最大限の情報を効率よく得ることができました。これにより、反射スペクトルから推定されていた隕石と小惑星との関係を物質科学的に実証するとともに、大気のない小天体表面での様々なプロセスを明らかにしました。一連の成果は、サイエンス誌に6つの論文として発表され、サイエンス誌の2011年のブレークスルーにも選ばれました。

 X線トモグラフィーの実験は、SPring-8のビームラインBL47XUにおいて、結像型吸収X線CT法を用いておこないました。これにより、約50 µmより小さな試料では約200 nm、それより大きい試料では約500 nmの実効的な空間分解能をもつ3次元CT像が得られ、ADETを用いて定量的な鉱物の3次元分布(3次元組織)を得ることに成功しました(図4)。CT撮影をおこなった48粒子の体積の総和は4.2×106 µm3(半径約100 µmの球に相当:質量は15 µg)にしかすぎませんが、粒子全体の鉱物モード組成は普通コンドライトの中でもLLコンドライトのものと最もよく一致しました。我々の分析結果だけでなく、鉱物の元素・同位体組成も、はやぶさサンプルはLLコンドライトに対応することが示されました。S型の反射スペクトルをもつ小惑星は宇宙風化を受けた普通コンドライトからなるという、これまでに推定されていた隕石と小惑星との対応関係が正しかったことが最終的に確証され、隕石の起源に終止符を打つことができました。宇宙風化というのは、月のような大気のない天体表面の反射スペクトルが変化する現象(暗化、赤化、吸収スペクトルの減少)のことで、微隕石衝突や太陽風照射によりレゴリス粒子表面に鉄のナノ粒子が生成することによりおこると考えられています。はやぶさサンプル分析により、小惑星でも宇宙風化がおこっていることが、野口高明さん(茨城大、現九州大)によって初めて明らかにされました。

図4 微細サンプルのための3次元構造分析手法における試料サイズと空間分解能図4
放射光CTによるはやぶさサンプル粒子の鉱物分布
(緑:かんらん石、橙:Caに乏しい輝石、ピンク:Caに富む輝石、シアン:斜長石)

 3次元CT像からはまた各粒子の定量的な3次元外形を得ることもできます。粒子の3軸長から求めた3次元形状分布(3軸比の分布)は衝突実験破片の分布と区別できず、イトカワ粒子は衝突破片であることを示しています。実際、2/3程度の粒子は破壊でできたと考えられるシャープなエッジをもっていましたが、残り1/3程度の粒子の表面には少なくとも一部に丸みを帯びたエッジが観察でき、衝突破片が摩耗されたことがわかりました(図5)。地球では海川の砂粒が擦れあって丸くなっていますが、小惑星の表面粒子が摩耗されていることは予想していませんでした。イトカワへの微小天体衝突に起因した地震波振動により誘起された粒子運動がおこり、粒子が機械的に摩耗されたものであると考えていますが、その他の考え方もあり小惑星の進化を考える上で重要な今後の研究課題です。一方、月のレゴリス粒子も衝突でできたはずですが、イトカワ粒子や衝突実験粒子より明らかに丸くなっています。月のレゴリスの年代(10億年程度)はイトカワのもの(数100万年程度と推定)よりもずっと長く、隕石衝突によって月のレゴリス層が掻き混ぜられた(ガーデングといいます)結果だと考えられますが、丸くなる具体的なプロセスは今後の研究課題です。


図5 イトカワ粒子外形のステレオ図。上:シャープなエッジをもつ粒子。下:摩耗により丸みを帯びたエッジをもつ粒子。

 我々はX線トモグラフィーによる3次元構造分析だけでなく、はやぶさ粒子表面の走査型電子顕微鏡(SEM)観察もおこないました。これにより粒子の摩耗が確認できただけでなく、太陽風照射による宇宙風化層が、ブリスタリングとして表面に観察できました。その分布が粒子の裏表に見られることから、粒子はイトカワ表面で回転したこともわかりました。これらのことから、イトカワの表面ではさまざま活動的なプロセスが比較的短いタイムスケールでおこっていることがわかりました(図6)。


図6 はやぶさ粒子の分析からわかった、イトカワ表面での活動的なプロセス。(1)微小天体の衝突によってレゴリスが形成される。(2)太陽風粒子の打ち込みにより宇宙風化層が生成(千~1万年)。(3)地震波がおこす粒子運動により粒子が摩耗(1万年以上)。(2)と(3)が繰り返しおこる。(4)衝突によって最終的には粒子は宇宙空間へ(100~200万年)

これからの展望

 はやぶさ2は2014年12月に打ち上げられ、C型小惑星リュウグウに向かっています。2020年12月に地球に帰還する予定ですが、今からサンプル分析の準備をする必要があります。C型小惑星の物質は炭素質コンドライトに対応し、鉱物と水と有機物からなっていると考えられています。鉱物は固体地球、水は海洋、有機物は生物と関係しているはずです。炭素質コンドライトでは、水の多くは鉱物中に水酸基あるいは結晶水として存在していますが、その一部は鉱物中の流体包有物として存在しているかもしれません。これらの液体の水や有機物を鉱物とともに3次元観察するには、水や有機物のX線による吸収が小さいので空隙との区別が困難で、吸収トモグラフィーは適していません。位相トモグラフィーではこれが可能と考えられ、現在その開発をおこなっています。

 太陽系始原物質は、はやぶさやはやぶさ2サンプルなどの小惑星物質あるいはそれに対応する隕石だけでなく、彗星物質も重要です。地球に落下してきた彗星塵の中には、GEMS(Glass with Embedded Metal and Sulfides)と呼ばれる金属鉄や硫化鉄ナノ粒子を含む球状のガラス(サイズは100 nm程度)が特徴的に存在しています。GEMSは太陽系初期にガスから凝縮した太陽系の始原物質であるという考え方が有力ですが、晩期型星の周りで生成され星間空間に放出されやがて太陽系に取り込まれた、いわば太陽系の固体の原材料物質であるという考え方もあります。我々の研究グループでは、このようなGEMSの3次元構造を世界に先駆けて得ることに成功しました。このためにはX線トモグラフィーでは空間分解能は不足しているので、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて電子線トモグラフィーを用いました(図2)。2015年から「太陽系始原物質の3次元構造から探る宇宙・太陽系における固体物質の生成・進化モデル」という科学研究費補助金特別推進研究が採択されました。ここでは、彗星塵や隕石のような太陽系物質だけでなく、星周や星間空間に存在する固体微粒子も研究対象として、これらの生成とその進化を、これらの物質の3次元構造と実験室における再現実験から解明しようとしています。詳しくは、以下のホームページをご覧下さい。
https://www.jsps.go.jp/j-grantsinaid/25_tokusui/data/kadai_shinki_27/h27_j004_tsuchiyama.pdf

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