京都大学 大学院 理学研究科 地球惑星科学専攻、理学部 地球惑星科学系

MENUMENU

山地流域の斜面の水文地形システムと豪雨による表層崩壊の予測

松四 雄騎(防災研地盤災害研究部門・准教授)

はじめに

近年,豪雨による土砂災害が日本各地で毎年のように発生している.山の斜面が無数に崩れ,土砂が沢を流れて,山麓の集落が被災する光景は,報道でもしばしば目にするところだろう(図1).なぜそのような現象が生じるのだろうか? また被害を軽減する手立てはあるのだろうか?

豪雨に伴う斜面崩壊や土石流は,流域の地形を作り出す自然現象の一つであり,それが全く起きないような対策を講じることは不可能といえる.数多の流域から生産される土砂を全て人工構造物で防ぎ止めるような方策もまた現実的でない.ならばそうした地球表層過程の機構と要因をよりよく理解したうえで,いつ,どこで,どれくらいの土砂移動が生じうるかを予測し,警戒・避難に役立てることが望ましい.

そのような減災を目標とした理学的研究と,それによって得られる知見に基づいて社会実装できる減災の仕組みをつくってゆくこともまた地球表層科学が担うべき役割といえる.ここでは,山地流域の斜面表層部を構成しているシステムを概観し,斜面災害予測のための先端的取り組みを紹介する.


図1.2017年九州北部豪雨により福岡県朝倉で生じた表層崩壊.

土層の発達と森林の成立,そして表層崩壊がおりなす斜面システム

温暖湿潤帯における山地斜面の大部分は,基盤岩石の風化と土砂の輸送によって生成した土層によって覆われている(図2).土層の直下には風化した岩盤があり,原位置での化学的風化作用が進み,その強度が著しく低下しているものはサプロライトと呼ばれる.土層は,サプロライトの上端面から鉱物粒子や岩片が剥離し,重力に従って斜面上を移動しつつある土粒子の集合体を指す.土層は水の貯留や栄養塩の供給を通じて,流域生態系の生存基盤を構成している.斜面に森林が成立している場合,土の材料的強度からすれば力学的に土層の存在が困難と思われる急勾配の場所においても,樹木根系の捕縛効果によって一定以上の厚みの土層が維持されている.

斜面上に発達した土層は,豪雨や地震を引き金として,土層と基盤の境界付近でせん断破壊をおこし,あるまとまりをもって崩落するが,この現象を表層崩壊と呼ぶ(図1).表層崩壊により土層は斜面から除去され,流域からは間欠的に土砂が排出される.表層崩壊の跡地では斜面が部分的に裸地へと遷移するが,ソイルクリープとよばれる乾湿や凍結融解あるいは生物活動などに起因する緩慢な土粒子の輸送現象によって,周辺斜面から土砂が集積するとともに,新たな植生の侵入によって土層が回復し,斜面は数百年周期での遷移と復元を繰り返す.自然流域の斜面は,土粒子の輸送と水循環,および森林の発展の相互作用により土層を発達させるとともに,豪雨や地震などの外的強制力によって揺らぎつつ,準動的平衡を保っているといえる.

このようなサイクリックなシステムを定量的にモデル化して,地理情報システム上での土層発達―水文過程―表層崩壊発生のシミュレーションを実行することができれば,降雨による表層崩壊の場所・規模・時刻の3要素予測を実現するための新しいハザードマップをつくることができる.


図2.花崗岩類を基盤とする山地の斜面における典型的な土層断面.破線よりも上の褐色部が土層,その下の白色部がサプロライト.場所は北アルプス(A, B, C),阿武隈山地(D),京都白川(E).

新しい流域ハザードマップを作る試み

斜面崩壊の原因は,素因と誘因とにわけることができる.素因とは,ある斜面がもっている崩れのための地質的あるいは地形的条件であり,傾斜が急であるとか,崩れやすい物質が存在しているかといったことがそれにあたる.表層崩壊に関していえば,十分な厚みの土層が発達しているかどうか,ということが重要になる.一方,誘因とは,崩れの引き金となる斜面に働く外的な作用のことであり,豪雨に伴って発生する斜面崩壊の場合は,地中に雨水が浸透して,間隙中の水圧が上昇することがとりわけ重要である.降雨はレーダーで観測できるようになっているが,これを入力として降水の浸透を計算しようとすると,やはり土層の厚みの情報が必要となる.土層の厚みの空間的な分布を知るうえで,宇宙線生成核種を用いた土層の生成速度の定量が可能になったことと,航空レーザー測量によって精密なデジタル地形モデルが得られるようになったことが,大きな前進をもたらした.


図3.宇宙線の照射を受けつつ,風化・侵食される流域の模式図.

地表面は常に大気を通り抜けた宇宙線の照射を受けており,地表近傍の鉱物中には,宇宙線粒子との核反応によって生成した放射性同位体(宇宙線生成核種)が蓄積している(図3).例えば日本のような中緯度湿潤環境下では地表近傍の石英中には1グラムあたり~106原子の10Beが存在する.これはごく微量といえるが加速器質量分析によって定量することができる.地表物質が速く更新されるほど,すなわち風化・侵食が活発であるほど,宇宙線生成核種は少ない量で動的平衡に達しているので,これを定量できれば逆に地表面の削剥速度を決定することができる.土層直下のサプロライトを分析対象とすれば,土層の生成速度がわかるというわけである.土層の生成速度は,岩盤を風化作用から遮蔽する土層それ自体の厚みが大きくなるほど小さくなることが知られている1)

航空レーザー測量によって,1 mメッシュスケールで,精密な地形の情報が得られていれば,斜面上に複数の試孔を掘削して土層の厚みと地形条件との間に対応関係をみいだすことが可能になる.一般に,土層の輸送を担うソイルクリープは,地形の勾配が大きいほど速くなる.よって物質収支を考えると,下方に向かって勾配が大きくなるような尾根型の斜面では,勾配の変化率すなわち地形曲率の大きいところほど土層は薄くなり,ソイルクリープによる土層の除去は,その土層厚の条件下での岩盤の風化による土層の生成とバランスしているはずである.土層の生成速度が宇宙線生成核種によってわかり,航空レーザー測量と土層の試孔調査によって地形条件と土層の厚みの関係がわかれば,土層の輸送に関する係数を知ることができる.すなわち,どれくらいの速度で土層が生成しているかがわかっているところで,現状どこがどれくらいの厚みで土層に覆われているかを調べれば,どのような法則・速度で土層が動いているかを知ることができるのである.

こうした調査を経て,土層の厚みの時空間変化を,デジタル地形モデル上でシミュレートすることができるようになる.図4は京都白川流域を対象に,表層崩壊によって土層が部分的に失われた状態から,岩盤の風化とソイルクリープにより,土層が再び発達する様子をシミュレートしたものである2).谷頭凹地と呼ばれる流域内のくぼんだ場所に土層が数百年をかけて集積し,次の表層崩壊の準備が整う様子がみてとれる.このような計算を行えば,流域内のどこで,どれほどの厚みの土層が蓄積しており,どれほどの土砂が表層崩壊によって生産されうるかを予測することができる.


図4.土層の生成と輸送をシミュレートした例.

また,降雨浸透による間隙水圧の上昇も,斜面水文学的にモデル化することが可能であり,土層の空間分布の情報と合わせれば,降雨の進行に伴う,斜面の不安定性を時空間的に追跡できるようになる.図5は,2017年に発生した九州北部豪雨の発災地を対象に,そうした計算を行った例である.降雨の進行とともに,斜面上の不安定な領域が拡大し,降雨ピークと同時に極大に達していることがわかる.このときの不安定領域の拡がりは,実際に発生した表層崩壊の分布と調和的であるといえる.これは土層の厚み,間隙水圧の上昇,樹木根系の効果を含む土層のせん断強度を定量化して初めて達成された成果といえる.

もし土層の無機的な強度だけを考え,森林根系による土層の補強効果を考えなければ,斜面の不安定性を過大に評価してしまう(図5)ことも明らかとなった.一般に,森林は表層崩壊の発生を抑制するといわれている.その効果は土層が薄い条件下では強く機能し,降雨時でも尾根上の土層を保持する役割を担っているが,土層が十分に厚くなった谷頭凹地では必ずしも強い影響をおよぼしているわけではない.すなわち森林があるからこそ,長期スパンでの土層の発達が可能になり,かつ,土層が十分に発達してから表層崩壊という形での流域外への土砂流出が生じる.すなわち,土層の発達と表層崩壊という侵食の仕組みそのものが,森林の発展と共に成立するシステムなのだと捉えることができる.


図5.2017年九州北部豪雨の発災地における降雨に伴う斜面の不安定化の計算例.左上は実際に表層崩壊を引き起こした降雨の強度と累積雨量の経時変化.下段の図は,降雨イベント中の矢印で示された時点での,斜面安全率の空間分布(斜面安全率が1以下であれば不安定と判定される).t = 2の時点での赤いポリゴンは,実際の表層崩壊分布を示す.また,t = 2の時点については上段に,根系の土層補強効果を考慮しない場合の計算例も示した.

まとめと今後の展望

表層崩壊の時刻・場所・規模の3要素予測を実現するため,水文地形学的な方法論を駆使して,素因・誘因の両面から研究を進めている.崩壊予備物質としての土層の厚みは,宇宙線生成核種の分析と地形曲率の計測,ピット調査などによって取得したパラメーターに基づき,土層の生成・輸送シミュレーションによって計算できるようになり,表層崩壊の発生場と規模を想定できるようになりつつある.また,降雨浸透に対する斜面浅部での速い間隙水圧応答は,非定常な斜面水文モデルによって再現できるようになり,これを用いて表層崩壊を引き起こす雨のしきい値や崩壊発生のタイミングを説明できる.

ただし,いかに高性能なプロセスベースドモデルを構築し得たとしても,個別斜面の表層崩壊を全て厳密に予測することは原理的にできない.それは,先行降雨の影響や過去の崩壊発生の履歴,斜面構成物質の物性の空間的な多様性,生物活動といった確率的な振る舞いをもつ要因が存在するためである.

今後は,決定論的な発生予測をベースにしたモンテカルロシミュレーション等による確率論的な予測法の開拓が課題となる.これにより,流域単位での流出土砂量の確率予測が実現される.航空レーザー測量によって得られる3次元的な細密地形データと,高時空間解像度のレーダー雨量を入力とする水文―斜面安定解析を組み合わせて,降雨イベントの進行に伴う斜面の不安定化を時々刻々と追跡して,地理情報システム上で可視化する4次元ハザードマッピングが一つの出口目標となるだろう.

参考文献

1) 松四雄騎,2017.宇宙線生成核種を用いた岩盤の風化と土層の生成に関する速度論 ─手法の原理,適用法,研究の現状と課題─.地学雑誌126,487-511.

2) 松四雄騎・外山 真・松崎浩之・千木良雅弘,2016.土層の生成および輸送速度の決定と土層発達シミュレーションに基づく表層崩壊の発生場および崩土量の予測.地形 37, 427-453.

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