地震波は語る
山田 真澄(防災研地震防災研究部門・助教)
はじめに
地震計は、古くから地震を観測し、地震のカタログを作ったり地震のメカニズムを調べたりするために設置されてきました。近年、地震計は24時間連続的に記録するようになり、地震以外の色々な現象も観測できるようになりました。今回は、地震計を使うことによって新たに分かってきたこと、できるようになったこと、地震学以外の研究分野への波及効果について紹介したいと思います。
地すべりの二次災害を防げ!
2011年9月、台風12号が奈良県に大雨をもたらし、多数の深層崩壊が発生しました(図1)。この災害により、100名近くの犠牲者が出ました。深層崩壊とは、山の斜面の浅い部分にある堆積層だけでなく、深い部分の地質が崩壊することによって発生する地すべりで、特に雨が長時間降った時に発生しやすく、甚大な被害を引き起こします。崩壊による直接の被害だけでなく、深層崩壊は様々な二次被害を引き起こします。深層崩壊の土砂が河川に流れ込むと、河道を閉塞して土砂ダムを形成することがあります。このような土砂ダムが数時間後、あるいは数日後に決壊して、突然下流域に洪水を起こすこともあります。また、集落に繋がる山中の道路が深層崩壊によって破壊され、集落が孤立することもあります。このように、深層崩壊の発生を即時に把握することは、二次被害を防ぐ上で重要な防災情報となります。
地震計のデータは、地すべりの発生検知にも使えることが近年分かってきました。2011年9月の、最も雨の多かった3日間の連続データを解析したところ、18個の深層崩壊の揺れとみられる信号が見つかりました(参考文献5)。深層崩壊は斜面が大きく崩れるため、その時に発生する振動が地面を伝わって、地震計により記録されていたのです。地震記録に現れた信号を解析することにより、地すべりの発生時刻や発生場所、おおよその規模を推定することができることが分かりました。地震と地すべりの信号を効率よく区別できれば、地震計の記録を時々刻々と解析することにより、将来地すべり発生速報を発表できる可能性があることを示しています。
さらに、地震計によって記録された信号から、斜面にどのような力がかかったか、ということを推定しました。この力の時刻歴から、地すべりが運動時にどのような動きをしているか、つまり加速度、速度、運動方向を求められました。これらの情報は、現地調査や地質調査からは得ることが難しく、地震計を利用するによって初めて明らかになった新しい知見となりました。これらの物理量を再現するようにパラメータを調整して数値計算を行い、図3のように地すべりの運動を再現しました。地すべりは、最大100㎞/時という高速で移動し、動摩擦係数は平均0.3程度まで低下していることが分かりました(参考文献7)。このように、地震計の記録を手掛かりとして、地すべりの運動時の挙動を再現することができるようになりました。
隕石は何処へ?
2013年2月15日午前9時20分すぎ(現地時間)、ロシアのチェリャビンスク州チェバルクリ地方に隕石が落下し、多くの建物被害・人的被害をもたらしました。この隕石は多くの人によって目撃され、火球が強い光となって朝の空を横切り、一時的に太陽よりも明るくなって周辺を照らし出す様子がカメラに撮影されていました。隕石の落下によって生じた空振によって、ガラスが割れたりドアが吹き飛ぶなどの被害が発生し、4474棟の建物が被害を受けました。また、ガラスの破片を受けたりして1491人のけが人が発生しました(参考文献3)。
一般に、隕石が地球の大気圏に突入する時は、秒速数十kmと非常に高速になります。大気中の波の伝播速度(音速)は秒速330m程度であるため、超音速で突入する隕石は衝撃波を生み出します。この衝撃波によって生じたと考えられる信号が、世界の地震計ネットワークで記録されていました(図4)。この信号は、1500kmを超える遠方の地震計においても計測されていました。その記録を波形インバージョンという手法を使って詳細に調べると、信号源はチェバルクリ湖の東側40㎞の位置で、信号を発生させた力の大きさは200ギガニュートン程度であることが分かりました。この力が半径10㎞のエリアに均一にかかったと仮定すると、地面にかかった圧力は600パスカルとなります。一般に、数百パスカルになるとガラスが割れることがあると言われているので、地震計から推定された圧力は建物の被害と良く一致していることが分かると思います。
小さな隕石は毎日地球上に降り注いでいますが、そのほとんどは大気中で燃え尽きてしまいます。これほど規模の大きい隕石は珍しく、落下地点直下で観測された地震波形によって、衝撃波の凄まじさを定量的に評価することができました。日本上空に落下する隕石も、規模が大きいものであれば、地震記録を利用する事によって、落下の方向、軌道などを推定することができます(参考文献6)。空中を落下する隕石の軌道が、地表の地震計で推測できるのは興味深い気がしませんか。
揺れるより早く地震を伝えろ!
地震のP波の速度は地表付近で秒速5㎞、S波の速度は3㎞なので、地震の震源から50㎞の場所にいれば、S波の到達までに17秒の時間があることになります。つまり、震源の周りに地震計があって地震の揺れを瞬時に捉えることができれば、周辺の地域が揺れ始めるよりも早く、地震の発生を伝えることができます。このコンセプトは、驚くことに1868年に、Cooperによってサンフランシスコの新聞に提案されていました。近年、情報技術の目覚ましい発展に伴い、このアイデアは緊急地震速報として実用化することができました。
日本では、2007年から一般市民に向けて緊急地震速報が提供されています。緊急地震速報を素早く提供し、揺れに備えるためには、一刻も早くP波を検知しなければいけません。そのため、できるだけたくさんの地震計、高速のデータ伝送技術、そして大地震を正しく判別するための高度な計算手法が必要となります。日本では、気象庁と防災科学技術研究所の地震計約1000点が使用されており、全国どこでも内陸地震なら2-3秒でP波を検知することができます。
このように日本の優れた技術を利用している緊急地震速報ですが、2011年の東北地方太平洋沖地震の際には、これまでに想定していなかったいくつかの問題点が明らかになりました。気象庁では、近傍の観測点がP波を捉えてから約8秒後に緊急地震速報を発表し、東北地方に配信しました。当時運航していた27本の東北新幹線が停止し、緊急地震速報は一定の効果を上げることができました。しかしながら、当時のシステムではマグニチュード9といった巨大地震は想定しておらず、地震の規模を小さく見積もってしまいました。そのため、関東地方では震度5~6といった強い地震動を経験したにも関わらず、緊急地震速報は携帯電話には配信されませんでした(図5)。
もう一つの問題点は、余震で多数の誤報を出してしまったことです。東北地方太平洋沖地震は非常に大きな地震だったので、震源の東北から離れた場所でも誘発地震が発生しました。このように、日本全国のあちこちで地震が同時に発生したために、従来の手法では場所を特定することができず、実際にはほとんど揺れていない地域に緊急地震速報を出してしまいました。
これらの問題点が発覚した後、気象庁と地震学者達は緊急地震速報の改善に取り組みました。その研究成果は、IPF法(2016年12月)とPLUM法(2018年3月)として、新しい緊急地震速報に組み込まれています。私が開発に関わったIPF法(図6)は、同時に発生した地震を区別して計算する工夫が組み込まれており、東北地方太平洋沖地震直後2か月に発生した誤報の9割を改善できることが示されています(参考文献4,10)。
このように、緊急地震速報は今も進化し続けています。しかしながら、どれだけ完全と思われるシステムを作っても、自然は複雑であり、新しい地震が起こるとこれまでに経験したことのなかったことが起こったり、想定外の事態が発生したりします。そのため、新しい課題にも対応できるように、研究し努力し続けて行くことが大切なのです。
謝辞
本稿の作成には、気象庁、防災科学技術研究所、IRISの地震観測網のデータを利用させていただきました。
参考文献
3 Wikipedia 2013年チェリャビンスク州の隕石落下
10 溜渕功史, 山田真澄, Wu Stephen (2014). 緊急地震速報のための同時多発地震を識別する震源推定手法. 地震 第2輯 67巻2号, pp.41-55, 2014.11.
11 防災科学技術研究所:台風12号の土砂災害域からの地震波を観測 http://www.bosai.go.jp/press/2011/pdf/20110912_02.pdf