京都大学 大学院 理学研究科 地球惑星科学専攻、理学部 地球惑星科学系

MENUMENU

岩石の変形構造を読む ―センスが大切―

堤 昭人 (地球テクトニクス講座・准教授)

はじめに

私が所属する地質学鉱物学教室(分野)には、岩石や地層、鉱物、化石、さらには鍾乳石などの物質を観察、分析することで、地球惑星科学に関する様々な過去の情報を「読む」ことに、日々研究の情熱を注いでいる人たちが集まっています。この人たちに囲まれながら、私は岩石や地層の変形構造を読むことを目的とした研究をおこなっています。本稿では、岩石の変形に関する話をいつくか紹介しようと思います。

岩石というと、硬い、重い、お城の石垣、白亜の宮殿、いろいろ想像しますね。この硬いイメージの岩石の変形について、日常生活で意識することはあまりないように思います。しかし、地層がぐにゃぐにゃと曲がった褶曲(しゅうきょく)とよばれる構造(図1)や、大地を切り裂く断層などの地質構造が示すように、硬いイメージの岩石も、力が加わると変形する場合があります。さて、岩石はどのくらいの力が加わると変形するのでしょうか。


図1:褶曲構造の発達する砂岩泥岩互層の転石(沖縄島北部.古第三系四万十付加体分布域の海岸)

岩石はどれくらいの強度

円柱形状に加工した岩石を準備して、円柱軸に沿って上下方向から力を加える(圧縮する)ことを考えましょう(図2b)。ある程度以上に力が加わると岩石は壊れてしまいます。これ以上力が加わると、物質が破壊してしまうという限界の力のことを破壊強度とよびます。この、限界の力を表現する際に、円柱の上面と下面に垂直な方向に働く単位面積あたりの力として、Pa [Nm-2]という単位を用いることにしましょう。例えば、花崗岩の破壊強度は、数百MPa (メガパスカル = 106 Pa)程度です。日常用いるイメージしやすい単位で表現すると、指先程度の1 cm2 の面積に数トンの物を載せた状態が、花崗岩が圧縮によって壊れるか壊れないかの限界ということです。このように考えると、岩石はやはり強いと思われるでしょうか。あるいは以外と弱いですか?強度に対する寸法や形状の効果を無視すると、同じ強度の岩石であれば、さきほどの円柱の直径を2倍にすると、22 =4倍の圧縮荷重(N)に耐えられることになります。


図2:圧縮変形実験で形成された断層.(a) 六甲山地の花崗岩,(b) 砂岩(産地詳細不明),(c)(b)に示した断層表面の様子.

破壊と摩擦

岩石の破壊強度を知ることを目的として、地下の温度や圧力などの様々な状態を再現できる実験装置を開発し、これを用いた岩石の変形実験が数多く行われてきました。(図2)に示した試料は、岩石の強度を知ることを目的とした変形実験の結果の例です。ここでは、花崗岩(図2a)と砂岩(図2b)を用いた圧縮変形実験後の試料の状態を示しました。砂岩を用いた実験については、実験前の試料の状態(左側)も示しています。右側の砂岩試料の中央部に、右上から左下にかけて切れ目(白い筋状の部分)が形成されているのがわかりますか。実験で形成された断層です。

巨視的に無傷であった岩石に力が加わることで、断層が形成されました。このことは、岩石の強度を考えるときにとても重要です。たとえば花崗岩は、地下深部でマグマがゆっくりと冷え固まってできた深成岩です。固結して岩石になって以降、無傷の状態であれば、その変形に対する強度として破壊強度を用いることができるでしょう。しかし、破壊にともなって断層が形成されてしまうと、この断層がすべることなく持ちこたえることのできる限界の摩擦力(摩擦強度あるいはせん断強度)が、岩石の強度の上限を決めてしまう可能性があります。破壊強度よりも摩擦強度の方が一般に小さいために、岩石や地層中に既に弱面としての断層が存在すると、変形は。断層を利用するのです。このため、地球表層の岩石が大きく変形している場所は、プレート境界や断層など、既存の弱面に沿ったせん断により変形が進行する部分に集中しています。(図2)の実験の場合にも同様で、断層形成の後も上下方向から力を加え続けようとすると、変形は断層部分のすべりとして生じ、周囲の岩石が破壊することはありません。

変形構造を読む

地球の変動を紐解く上で、摩擦すべりやせん断によって変形が進行する場が重要であることを述べました。実際の研究においては、そこの岩石が、いつ、どのような深さ(温度、圧力)の条件で、どのように変形したのかを明らかにしていく必要があります。この際、ある地質体Aのある地質体Bに対する相対運動を記述する情報が必要となる場合があります。例えば、「白亜紀の頃、北に傾斜した断層Fを境にして、断層北側の地質体Aが断層の南側の地質体Bに対して、相対的に南に運動していた」というような議論において必要となる情報です。

さまざまな過程を経て変形した岩石には、変形によって獲得した構造が記録されることがあります。これを変形構造とよびます。変形の構造はスケールも種類も様々ですが、この変形構造が、相対運動についての貴重な情報を与える場合があります。例えば、(図2)の例で示した断層は、圧縮変形により形成した変形構造です。さて、一番右の写真(図2c)は、実験後に取り出した砂岩試料の断層面を露出させた状態です。断層表面に、断層条線とよばれる縦方向の筋が見えています。この線状の構造は、断層を境に砂岩試料がすべる際に形成された擦り傷のようなものです。したがってこの断層条線は、断層の相対運動の方向を示す大切な指標となる変形構造です。また、図2の花崗岩や砂岩の変形後の状態を良く見てみると、わずかですが、断層を境にして上下の試料に「ずれ」が生じていることがわかります。もともと繋がっていた円柱試料表面がずれたと考えると、これも重要な変形構造です。この円柱表面の変形構造から、ずれの方向を判断することができます。例えば、(図2a)の花崗岩は、右上側の試料が左下側の試料に対して右下方向に運動していることがわかります(図中の白矢印)。

ずれのセンス

地質学の分野で使われている専門用語に、「せん断のセンス」あるいは「ずれのセンス」とよばれる表現があります。英語では、sense of shear in faults, あるいは sense of slip of faults という使い方がされています。senseを“感覚”と訳してしまうと、ちょっと意味がピンときませんね。もう少し丁寧に表した、dextral-sense of shear やsinistral-sense of shear という使い方も論文や学会でしばしばみかけます。これらはそれぞれ、右ずれセンスのせん断、左ずれセンセのせん断という意味です。つまり、断層やせん断変形を生じている岩体の変形について上から見下ろしたときに、岩体Aに対して、断層を挟んで反対側の岩体Bが相対的にどちらに運動しているかを表現したものです。例えば、(図2)に示した写真画像上での花崗岩中の断層のずれのセンスは右ずれ(図2a)、一方、砂岩中の断層のずれのセンセは左ずれである(図2b)、とそれぞれ表現します。少し詳しい英語の辞書でsenseを引くと、このような意味としての使い方も書かれています。

非対称構造

(図3)は、中央構造線沿いの比較的深い部分のせん断変形により形成されたと考えられる  マイロナイトと呼ばれる岩石に見られる変形構造の顕微鏡写真です。青色の紡錘形をしたきれいな結晶は白雲母という鉱物です。この結晶の紡錘形の長軸が、左を向いて20°程度頭を持ち上げたような姿勢をとっていることに注目しましょう。写真に見られる紡錘形の白雲母の結晶が一斉に同じような姿勢を示しているこの構造は、左右非対称です。このような非対称な形が、せん断のずれセンスの指標として利用されています。紙面の都合でここでは説明を省きますが、白雲母の配列以外にも左右非対称な変形構造が見えています。この写真に見られる変形構造は、左ずれのせん断センスを示しています。紡錘形の形が魚のように見えることから、このような形と配列の特徴をもった結晶は「フィッシュ」と呼ばれています。


図3:石英,長石,白雲母などからなる変成岩起源のマイロナイト (フィロナイト,Phyllonite).産地:長野県下伊那郡大鹿村,中央構造線.

天然の岩石や地層中に記録された、断層変形やせん断変形に伴う非対称変形構造は、これまでに行われてきた室内での変形実験によってその特徴が再現されています。(図4)は、粘土質の細粒砂を用いた回転式摩擦実験で形成された変形構造の顕微鏡写真(写真右)を示したものです。写真上部に発達する褐色帯状の部分の構造に注目してください。左上から右下方向に発達する直線上の構造と、これに斜交する細かい肋のような筋状の構造が発達しており、やはり左右非対称な形状になっています。この変形構造は、地殻の比較的浅い条件で形成した断層沿いの岩石中に観察される変形構造と、その特徴が良く似ています。図4のような特徴を持つ非対称構造は、右ずれのせん断センスを示すと考えられています。この結果は、実際の実験時のせん断方向と矛盾しません。


図4:回転式摩擦実験で形成された変形構造の顕微鏡写真(写真右).写真左は摩擦実験装置の試料ホルダー部.試料:国際統合深海掘削計画(IODP)第316次研究航海(Expedition 316 Scientists, 2009, doi:10.2204/iodp.proc.314315316.133.2009)において,熊野灘沖で採取された粘土質の細粒砂(石英や長石粒子のほか,粘土鉱物を40 %程度含む).実験条件:垂直応力 1 MPa,すべり速度 0.03 m/s.

地下深部の岩石の強度

岩石の強度を破壊や摩擦に対する強度で代表させることができるのは、実は地球の比較的浅い部分に限られます。ここでは詳細を省きますが、地下深部に向かって周囲の岩石から受ける圧力が大きくなるにつれて、破壊や摩擦強度は増大します。より深部の条件になって温度が高くなってくると、岩石の変形は流動的な性質を示すようになり、今度は深さとともに変形に対する強度が減少します。加えて、高温条件で生じる流動的な変形の強度は、変形の速度の影響も受けます。図3に示した変形構造は、破壊や摩擦変形ではなく、岩石が、より地下深部の高温の条件でせん断変形を受けた結果生じた構造であると考えられています。一方、(図4)に示したような非対称構造は、破壊あるいは摩擦の卓越する比較的浅い条件でできた構造です。

おわりに

地殻やマントルを構成する物質の変形は、地震時の1秒間に数mもの断層すべりが生じる高速の変形から、例えば長さが10 % 変化するのに100万年の時間がかかるといった、極めて低速の変形まで、その変形の速度は多様です。加えて、最近の地震学の進展によって、スロー地震とよばれる、数日間から数年の時間をかけてプレート間断層がゆっくりとすべる現象が世界各地で見つかるようになりました。変形構造を読むことで、例えば断層のすべり速度に関する情報を得ることができるようになると、こういった多様な断層すべり様式の発生メカニズムの理解につながることが期待されます。我々の研究室では、変形構造と断層すべり様式の関係について研究をすすめています。この原稿を読んで、岩石の変形構造解読の魅力に少しでも興味を持っていただければ幸いです。変形を読むセンスを磨いてみませんか。

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